


2025年 T.A.さん
厚生労働大臣はじめ、ご列席の皆様、本日はこのような場でお話させていただく機会を頂き、心より感謝申し上げます。
私の父は血友病の治療で非加熱製剤を使用したことによりHIVに感染した、いわゆる薬害エイズの被害者で、私はその遺族の一人です。私は山口県萩市で生まれ育ち、地元の公立病院に勤務する看護師です。現在は、夫と子どもたち、そして私の母と一緒に暮らし、家族の笑顔と患者さんの命に寄り添う仕事に、幸せとやりがいを感じています。
しかし、私の人生には常に“ある過去”が、暗く影を落としています。それは、父の命を奪った、薬害エイズという出来事です。
父は血友病の中でも、症状が重く、日常生活でのちょっとした出血でも命にかかわり、止血のために主治医から勧められた、血液製剤を使用していました。血液製剤のおかげで、これまでは制限の多かった父の生活は一変し、健常者のような、当たり前の生活が送れるようになるのでないかと喜んだそうです。そんな折、エイズウイルスが世間を騒がせ始めました。当時、まだ幼かった私は、TVに映るそれが、私たちの平和な生活を脅かし、父の命を奪うものであるとは夢にも思いませんでした。
父の感染が分かった時、私は小学校に上がったばかりでした。父は体調を崩す日が多くなり、母の表情が曇り、隠れて涙を流す姿に、私は見てはいけないものを見たような気持になりました。家庭の空気はどこか重く、一体、何が起きているか、まだ幼かった私には理解できないまま、ただ不安に押しつぶされそうになっていました。私の不安を知ってか、知らずか、父は同じくHIVに感染した血友病の友人とともに患者会を立ち上げ、同じ境遇で苦しむ仲間のため尽力していました。今思えば、会の活動に没頭することで、父は自分の「生きた証」を残そうとしていたのかも知れません。その後、薬害エイズ訴訟が始まると、自身も原告の一人として参加し、家の中は慌ただしくなり、子どもの私でも、自分たち家族が何と闘っているのか理解出来ました。
当時、エイズという病名だけで人目を避けられ、まるで罪人のように扱われる空気が、社会・学校に満ちていました。私たちがいくら真面目に日々を送っていたか、そんなことは関係ありませんでした。自身の抱える苦しみを、誰にも相談できず、友達に打ち明けることもできず、私の思春期は怒りと悲しみ、差別の恐怖と孤独で満ちていました。どうして父が、私たち家族が、こんな目にあわなければならなかったのか。将来への希望など持てるはずもありませんでした。
父はHIVに身体を蝕まれ続け、薬害訴訟から10年後、HIVと同時に感染したC型肝炎からの肝臓がんで、長い闘病の末、57歳の短い生涯を終えました。まだまだ、やり残したことや、行ってみたかったところもたくさんあっただろうと、父のことを思うと、きっと無念だっただろうと思います。
父の死から19年がたち、私は結婚し、母になり、3人の娘を育てています。幼いころの私と同じ年頃になった娘たちを見ていると、当時の自分を重ねずにはいられません。何もわからないまま不安に圧し潰されそうになっていた当時の私に、できることなら、声をかけてあげたい。「あなたは一人じゃない。」と。
その思いを胸に、私は時折、薬害エイズの遺族の交流会に参加しています。同じ体験をされた遺族の方々と語り合い、故人を思い出し、涙し、ともに癒しあう時間は、私にとっての心の支えです。決して癒えることのないキズではありますが、「分かち合うことで」心が救われる感覚を、私たちは静かに共有しています。
また国が継続してくださっている支援、とりわけ、遺族健診制度には心から感謝しています。高齢になった母が、安心して検査を受けられる環境は、私たち家族にとって何よりの支えです。薬害によって人生を変えられた遺族に対し、国が責任をもって寄り添っているという事実は、大きな心の支えであり、社会的なメッセージでもあります。
ただ一方で、私は医療の現場にいるからこそ、強い懸念を感じています。
薬害エイズという歴史的事件を、若い世代の看護師や医師が「知らない」という場面が、年々増えてきているのです。かつての重大な薬害が、医療従事者の間ですら共有されていない現実に強い危機感を覚えています。
このままでは、薬害エイズは過去の出来事として風化してしまう。
患者の命、家族の苦しみ、社会の責任、―それがなかったことになってしまう。
私はそれが怖いのです。
薬害エイズの教訓は、過去の反省にとどまるものではありません。
「命を守るための医療」が「命を脅かし、奪った結果」を招いたこと。その責任を誰がどのように果たすのか、国の制度はどう向き合い続けるのか。それは現在も未来も問い続けられるべき「国家の姿勢」だと思います。
だからこそ、国の支援を風化させず、記憶と教訓を次の世代に確実に伝えていく仕組みを、どうかこれからも、維持・強化していただきたいのです。遺族支援が続くことは、単なる「補償」ではありません。それは「未来の誓い」であり「社会の倫理の証」です。
どうかこれからも、被害者と遺族に寄り添う政策を、そして薬害の記憶を風化させない教育と制度づくりを、国の責任として続けていただきますよう、心よりお願い申し上げます。
本日は、私の声に耳を傾けてくださりありがとうございました。
父の遺志と、私たち家族の思いが、どうかこの国の未来の医療と福祉に生き続けることを心より願っております。