1992年歿 13

   作文

 息子の読書感想文を読んだのは、息子が亡くなって数年後のことでした。実家の母親が「こんなのがあったよ」と私に渡しました。初めて見る息子の作文でした。私は感想文を書いたことも知りませんでした。小学校四年生の時のものでした。

 当時私は仕事をしていて毎日が忙しく、ゆとりのない日々でした。月、水、金の週3回定期注射に通い、月曜休みだったおじいちゃんが月曜は連れて行ってくれて、後の二日間は、私が仕事を終えてから連れて行っていました。でもその時、何を話していたのか、まして感想文の話をきいた記憶はありません。

 息子はよく車の中で寝てしまい、病院に着いてから起こすのが大変だったことは、しょっちゅうでした。

 原稿用紙の色も変わってしまい、古びた息子の作文は紛れもなく息子の文字、つたない感想文ではありますが、私の宝物になりました。

​ 感想文の最後の言葉にはこうありました。「最後は、黄熱病で死んでしまった英世だけど、色々なことを研究したし、手んぼうと言われても我慢したから、本人も満足して死んでいったと思いました。」と。満足して死んでいった……この言葉を聞いた時、息子は亡くなる時どうだったのだろうと思うと、何も満足なことをしてあげられなかったと、走馬燈のように息子との日々が蘇ってくるのでした。

 もっと生きたかったに違いない、やりたいことがいっぱいあったはず……

 そう思うといたたまれない気持ちになりますが、それよりも病気と闘いながら一生懸命に生きていた息子を今は、ほめてあげたい気持ちでいっぱいです。

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