O・Kさんの日記 1992年
1月21日(火)
午前5時半起床X病院へ行ってヘマーテPを注射してもらってZ病院へ X病院の先生に書いていただいた紹介状を持って自分としては万全の準備をして行ったのに受け入れたいせいが出来ていないと言われて診察してもらへなかった 去年6月に病院に行っていらい12月24日来院するようにとの葉書を受け取った時も以前の紹介状のデーターが古いので最新のデーターが欲しいと言われたのでX病院の先生にちゃんと書いていただいてもって行ったのに診てもらへなかった。
厚生省はこう言うじたいになったHIV被害者に対し責任を認め様としないばかりか、事後の対応も何の対策の手も打っていない。治療の現場で実際に働いておられる先生方に責任をおし付けただけでもこう言う事態になってからもう何年にもなるのに何も手を打とうとしない 何もしないでほーっておいても数年もたてば患者は全員死んで一件落着と思って居るとしか思えない
6月
長い年月が経過したにもかかわらずいまだに国や製薬会社は非を認めようとしない。そればかりか厚生省も我々HIV被害者が安心して治療を受けられる体制を現在に至るまでいまだ整えていない いったい責任有る人達は何を考えているのか 一刻も早く対策を立てないと大変なことになる 何事も対策が後手後手に回っていつも手おくれ わがの出世ばかり考へずにもっとしっかりしてほしい 末端の我々に一番身近な先生方に責任をおしつけ自分たちはすずしい顔をしている 何事に依らずのどもと過ぎれば熱さ忘れる そして何かきっかけが有るとワッとさわぐ いいかげんにしろ
8月5日
X病院へ診察してもらいに行った 診てもらって検査のため処置室へ行って血液を採った そしてツ反の注射をする時先に処置をした患者(O)さんに使った注射器を右腕に刺した そして薬が出ないので変だおかしいとその女医さんは気がついた様子 そしてその横にあった本来私が処置してもらうべきツ反の注射器で左腕に処置したので私は先の患者に使った注射器じゃないのかと問いただしたらそうだと認めたが皮膚で有り血管じゃ無いからだいじょうぶだと言ったが私は不安なのでもう一度診察室にもどって先生に使い古しの注射器を使われた事を言った(P先生、b先生) 私が診察室に戻った時b先生はまだ患者さんを診察中でP先生が診察室から出てこられたのでP先生にまずそのことを告げた 先生は非常に驚かれた様子で私にここで待って居る様に言われ処置室に聞きに行かれ 私が言った事が事実で有るとわかったのでげん重に注意をしておいたと言われ先の患者さんに使った針をさした事は考えられない事だと言われれたが針さし自体はたいした事にはならないだいじょうぶと言われb先生も有ってはならない事だがその事では重大な事にはならないと言われたが私は麻薬患者達の注射器の回し打ちの危険さをテレビ等で見たり聞いたりした事があるのでだいじょうぶと言われても不安が頭からはなれない。 しかしいくら不安でもあまり深く追求する事はできない 私達患者を受け入れてくれて居る数少ない病院との関係を悪くする事はとても出来ない。でもやっぱりその事は頭からはなれない 病気が悪化しなければ良いがナー 私に処置した女医さんもうっかりさんだがその前の先生(?)も自分が処置した後の始末をちゃんとしてくれていたらこの様な事にはならなかったのに残念だ
8月7日
いつも自分の感情をおさえ込んで自分の気持ちをごまかして生きている そうしていると時々諸々の事情や感情が入り混じってじぶんではなかなか心が乱れて心おだやかにはなれない 何もする気がしない 非常なむなしさが心を支はいする。今ここにこうしてこの世に存在していることすらうとましい 声をあげて泣きたい気分……何を甘ったれているんだと自分を叱り付けても何の解決にもならない