患者の声

   当事者委員としての私の思い   聞き取りの現場に立ち会って   恩寵と鎮魂   みんな頑張ってますね!

    ―序文にかえて―

   社会参加への一歩    血友病という疾患    ​語り手として、聞き手として   生きなおすことと医師のモラル  

   

 『「生きなおす」ということ』

生きなおすことと医師のモラル

小山 昇孝

1.生きなおすこと

 

 患者にとって、HIV感染は、日常の生活、周囲との関係、恋愛・結婚、就労などを目指す上で、未だに精神的に大きな足かせになっている。

 ただ、ここまで生き抜いてきた人々が、新たな悩みを抱えながらも、少しずつ、将来に向けてどのように生きていけばよいのか、また、生きていくためのいろいろな希望を見出してきていることも言葉の中から感じることができた。

 特に、就労は大きな要素で、厳しい時代にHIVと闘っている時、働くことで病気を忘れる、逆に病気を忘れるために仕事に打ち込む姿があった。

 また張り合いのある仕事につくことで前向きに人生に立ち向かっている姿も浮かぶ。恋愛・結婚も希望に含まれているが、就労することで何事にも積極性が出てくるのではないだろうか。

 相談事業に活かせればという目的で行った調査であるが、この不況の中、一般の人々にとっても、就職口の門戸が狭い。身体にハンディキャップを抱えている当事者であれば就労はさらに厳しいものがあるが、その具体的支援策の一つとして、相談員がともに就労支援センター、ハローワークなどの公的な関係機関などに出向いていく体制も必要ではなかろうか。

 南山先生が「生きなおす」という言葉を使われている。体調の維持、病状の安定が大前提ではあるが、語りの中に「私たちの師匠のためにも」とあったように、このままで終わってはいけないし、終わらせてなるものかという気概は持たなければならないと思う。


2.医師のモラル
 

 インタビュー対象者数がわずか18名だったが、HIVの告知は、①電話をかけてきて告知した医師のケース、②診察していた医師が告知しないで新任の医師が告知したケース、③友の会に医師が来て用紙を配布して全体に話したケース、④本人が幼かったため、以前に医師が保護者に告知し、本人が成長した段階で、母親同席、或いは本人単独に医師が告知したケース、⑤医師からではなく、母親から本人に告知し、その後、再度医師から告知されたケースと、このように様々な告知のケースが出てきた。

 今回は、非感染の方にもインタビューを行ったが、その中には、医師からHIV感染「陽性」と告知され、親友に時計を形見分けまで行ったことが語られていた。

 しかし、5年後に再度検査した結果、陰性だったことがわかり、素直に喜べない複雑な心境が語られた。医師への信頼もなくしていったが、その後も同じ医師に診察を受けざるを得なかった悔しさをにじませていた。

 今回の調査とは別に、医師のモラルについて疑念を抱くような事例を紹介したい。過去に、血友病専門医が、血友病の子どもを診療していた関係から、その子どもの親の診療を行い、症状改善のため、背中に注射を打つ治療を行った。その際に、その医師は肺に穴をあけるミスをして、親が入院せざるを得なくなった。しかし、その医師が勤務する病院には入院させず、出向先の病院に入院させて、出向先の病院の医師が治療にあたった。

 幸い、ある程度回復したが、親にはその後、息苦しさがとれない後遺症が残ったとのこと。背中に注射した医師は、その親に何らの言葉もなく、親もわが子を診てもらっていることから黙していたとのこと。その後もその血友病専門医にわが子の診療を受けざるを得なかった事例があった。

 難病疾患患者は専門医師を替える選択肢がないのである。

 インフォームド・コンセントの概念が乏しかった80年代の出来事を、現在の視点から捉えることはおかしいと話す医療関係者がいる。
しかし、現在においても重い病気の告知に、何の気配りもせずに患者に伝える医師や、病気の説明もきちんとしない医師もいるという実態がある。

 80、90年代において、死を意識せざるを得ない病気のことを、職場に電話してきて告知するという医師の感覚(人間性)がおかしいと思うのは私だけであろうか。

 最後に、生活実態調査に応じて頂いた方々に深く感謝致します。

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